大判例

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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)4919号 判決

原告

テキサコ・オーバーシーズ・タンクシップ・リミテッド

右代表者取締役

ウイリアム・アンソニー・スミス・ウォーカー

右訴訟代理人

長島安治

木村寛富

島田真琴

被告

岡田海運株式会社

右代表者

岡田信雄

右訴訟代理人

伊場信一

大橋式弘

主文

一  原告から被告に対する昭和四五年四月一〇日付傭船契約にかかる損害賠償請求につき昭和五四年七月二〇日ニューヨーク市において仲裁人マイケル・ジェー・オーダン、同テオドア・ツアガリス及び同マンスレッド・ダウリュー・アーノルドがした仲裁判断中金329356.27米ドル及びこれに対する昭和五〇年一一月三〇日から支払ずみまで年八分の割合による金員並びに金一七〇〇米ドルの各支払を命ずる部分につき強制執行をすることを許可する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は原告において金五〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  主文同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は英国法人、被告は日本法人であるが、原、被告は昭和四五年四月一〇日原告が被告から一定期間船舶を借り受けることを主たる内容とする傭船契約を締結し、同契約に関し生ずべき紛争については、アメリカ合衆国ニューヨーク市で船主選定の仲裁人一名、傭船者選定の仲裁人一名及び各選任された仲裁人両者選定の仲裁人一名計三名の仲裁に付する、いずれの当事者も自らの選定した仲裁人の住所氏名及び仲裁にかけることを欲する紛争の要旨を明記した通知書を他方当事者の役員に送達することにより右仲裁を要求することができ、他方当事者が右通知書の送達後二〇日以内に仲裁人を任命しない場合、仲裁申立人はさらに通知を要せず二人目の仲裁人を任命することができる旨等を合意した。

2  しかして右傭船契約の履行に伴う貨物の汚濁、損傷事故及び契約の不完全履行により被告は原告に対し損害賠償債務金342856.27米ドルを負つたにもかかわらず、昭和五〇年一一月中に金一三五〇〇米ドルを支払つたのみで以後残額金329356.27米ドルを支払わないので、原告は被告に対し昭和五二年三月一六日右仲裁条項(以下本件仲裁条項という。)に基づき右未払賠償金の支払を求める仲裁の請求を原告の選任した仲裁人マイケル・ジェー・オーリオーダンの住所氏名の通知と共になした。被告の要求により延長された被告選定の仲裁人の選任期限である同年四月一五日に至つても被告からの仲裁人の選任通知がないため、原告は二人目の仲裁人テオドア・ツアガリスを選任し、右二名の仲裁人は三人目の仲裁人マンフレッド・ダウリュー・アーノルドを選任した。

3  右三名の仲裁人は昭和五四年七月二〇日、アメリカ合衆国ニューヨーク市において被告は原告に対し損害賠償金金329438.61米ドル及びこれに対する昭和五〇年一一月三〇日から完済までまたは裁判所の命令が下るまでのうちいずれか最初に起るまで年八パーセントの割合による利息並びに弁護人手数料金一二〇〇米ドル及び仲裁人手数料五〇〇米ドルを支払えとの仲裁判断(以下本件仲裁判断という。)をした。

なお、右仲裁判断が被告に対して命じている支払金額の内、損害賠償金金329438.61米ドルは金329356.27米ドルの計算間違いであることが仲裁判断の理由より明らかなので、これを正しい計算に基づいて修正したのが請求の趣旨記載の金額である。

4  本件仲裁判断は原被告の署名した書面による仲裁合意に基づくものであるから、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約第三条に基づき、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴を提起する。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1の事実を認める。

2  同2の事実のうち、原告の受けた損害金額が342856.27米ドルであるとの主張は否認するが、その余の事実は認める。

3  同3の事実を認める。

三  抗弁

本件仲裁判断は被告に何等の防禦の機会を与えないまま一方的に決定された瑕疵あるものであつて当然無効である。

すなわち被告が本件仲裁手続について正式に代理人を選任した事実のないにもかかわらず、本件仲裁手続は被告に充分な通知のないまま被告の代理人と称する者により追行されたものである。

四  抗弁に対する認否

否認する。(本件仲裁判断は被告に対して充分な通知及び防禦の機会を与えたうえ下されたものである。)

なお詳論すると、前記三名の仲裁人は昭和五二年七月一八日を第一回審問期日に指定し、この期日指定は三人目の仲裁人の住所氏名と共に同年六月一七日被告に通知されたが、被告が指名した同仲裁手続における被告代理人からの延期申請に基づき同期日は延期され、その後昭和五三年一一月二九日と指定された審問期日も被告欠席の為延期され、被告は原告からの再三に亘る催促にも拘わらず原告からの仲裁の申立の趣旨に対する反論も提出しないので、仲裁人らは昭和五四年七月二〇日被告欠席のまま前記のとおりの仲裁判断を全員一致で下した。

右事実に対する被告の認否、被告代理人から第一回審問期日を延期申請したとの点及び原告から被告に再三に亘る催告がなされたとの点を否認し、その余を認める。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(いわゆるニューヨーク条約、以下単にニューヨーク条約という。)が昭和三六年九月一八日にわが国について、他の締約国の領域においてなされた外国仲裁判断の承認及び執行についてのみこの条約を適用する旨を適用する旨の留保のうえ、効力を生じ、アメリカ合衆国政府がニューヨーク条約の加入書を昭和四五年九月三〇日国際連合事務総長に寄託したことにより同条約第一二条2の規定に従い昭和四五年一二月二九日にアメリカ合衆国について効力を生じているところ、原被告間で合意された仲裁条項(甲第二号証)に基づき本件仲裁判断(甲第一号証)が昭和五四年七月二〇日アメリカ合衆国ニューヨーク市において行なわれたことは当事者間に争いがなくそのとおりと認められるので、本件仲裁判断についてはニューヨーク条約第三条によりその執行判決を求めることができ、その要件はもつぱら同条約の定めるところに拠る。そしてニューヨーク条約は第四条に承認及び執行の積極的要件を、第五条にその拒否要件を、第六条に執行についての決定延期要件を定める。

二原告が当裁判所に対し昭和五七年一一月一一日の本件口頭弁論期日において、その外形から正当に認証された本件仲裁判断の原本及び仲裁合意の原本並びに英国領事官による証明を受けた右の各翻訳文であることが認められる各書面を提出したことは、当裁判所に顕著であるから、ニューヨーク条約第四条に規定する積極的要件は充足されている。

三ニューヨーク条約第五条に規定する承認及び執行の拒否要件及び同第六条に規定する執行についての決定延期要件にかかる主張及び立証の責任は執行債務者である被告が負うものと解すべきところ、被告は本件仲裁判断は被告に何らの防禦の機会を与えないまま一方的に決定されたとの同条約第五条1(b)に該当する事実を主張するので、この点について判断する。

原告が被告に対し昭和五二年三月一六日本件仲裁条項に基づき傭船契約の履行に伴う貨物の汚濁、損傷事故及び契約の不完全履行を原因とする賠償金の支払を求める仲裁の請求を原告が右仲裁条項に従つて選任した仲裁人マイケル・ジェー・オーリオーダンの住所氏名の通知と共に、書留配達証明郵便にて被告に送付し、右郵便は同年同月一六日被告に配達されたこと、本件仲裁事項によれば被告は右仲裁の請求を受領した後二〇日以内に仲裁人一名を選任し、仲裁申立人たる原告に通知すべきところ、被告の要求によつて延長された選任期限である昭和五二年四月一五日に至つても被告から原告に対し仲裁人選任の通知が無いため原告は本件仲裁条項の定めに従い二人目の仲裁人テオドア・ツアガリスを選任し、これを同年六月一五日被告に通知したこと、右二名の仲裁人はさらに本件仲裁条項の定めるところに従つて三人目の仲裁人マンフレッド・ダヴリュー・アーノルドを選任したこと、右三名の仲裁人は昭和五二年七月一八日を第一回審問期日に指定し、この期日指定は三人目の仲裁人の住所氏名と共に同年六月一七日被告に通知されたことは当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、被告は昭和五二年七月五日ころ本件仲裁手続の追行をカーリン、キャンベルアンドキーテング事務所に委任し、そのころ要請された書類を送付する旨をも連絡し、同年七月一二日右事務所(ビンセント・リンチ)は第一回審問期日の延期を要請したこと、その後原被告両当事者同意のもとに昭和五三年一一月二九日に審問が予定されたが利用されなかつたこと、昭和五四年七月一五日被告の陳述は何もなかつたが三名の仲裁人は被告に正当な各通知がなされたことを確認したうえで審問を終結したこと、昭和五四年七月二〇日本件仲裁判断が下されたことが認められる。

被告は被告が本件仲裁手続について正式に代理人を選任した事実のないにもかかわらず、本件仲裁手続は被告に充分な通知のないまま被告の代理人と称する者により追行されたものであると主張し、〈証拠〉によれば、昭和五四年五月一六日カーリン・キャンベルアンドキーテング事務所が本件仲裁人らに対し「我々は被告の代理人ではなく、本件仲裁手続に関して被告を弁護するいかなる義務を負わない。予定される審問に出頭するつもりはない。」旨の通知をしたことが認められるが、右認定のとおり右事務所は昭和五二年七月五日ころから、右代理人辞任の通知をなすまで(少なくとも昭和五三年一一月二九日の審問期日まで)は被告の代理人であつたものであり、昭和五二年七月一八日と昭和五三年一一月二九日の二回にわたつて被告及びその代理人に対して審問の照会が保障されていたのであるから、本件仲裁手続において被告がその利益を防禦する機会を不当に奪われたということはできない。

四本件仲裁判断が被告に対して命じている支払金額のうち、損害賠償金329438.61米ドルは、前記甲第一号証中請求の原因の記載自体から金329356.27米ドルの計算間違いであることが明らかなので、正しい計算に基づいて修正された右金額の範囲において原告は執行判決を求めることができるものである。また本件仲裁判断には右損害賠償金について完済までまたは裁判所の命令が下るまでのうちいずれか最初に起るまで年八パーセントの割合による利息が付されているが、本件仲裁判断のなされたアメリカ合衆国ニューヨーク州などでは金銭支払を命ずる裁判については当事者の請求がなくとも裁判以降各州法で定める一定の利息が当然に発生し強制執行の対象となる旨規定されており、本件仲裁判断もかかる制度を前提として執行判決後の利息については準拠法である当該州法に定める利率に委ねる趣旨で右のような利息の定め方をなしたものと解せられる。従つてかかる制度の存しない我国においては、本件仲裁判断は被告に対し単に支払ずみまでの利息の支払を命じているものと解して執行判決をすべきである。

五以上のとおり、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(林繁 笠井達也 生島弘康)

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